伊藤貫先生が大好きなバランス オブ パワーはこの現代では意味が無い時代錯誤のアホ理論です。
伊藤貫先生は中国人や中国文化の事が全くわかっていないですね。
中国が未来永劫、覇権国家になれない理由:
中国の大学や大学院の教育は決められた内容を丸暗記させるだけです。電話帳や電車の時刻表をいくら一生懸命 丸暗記しても学問は身に付きませんよね。中国人は永遠にノーベル賞を取ることも、画期的な研究開発をする事もできません。
中国の科挙の時代は四書五経(四書は『論語』『大学』『中庸』『孟子』、五経は『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』)を丸暗記した人しか官僚になれなかったのですが、そういう伝統が現代の中国の教育にもそっくりそのまま受け継がれています。
現代中国の大学生や大学院生、研究者がやっている事は、学校から与えられるものをそっくりそのまま丸暗記するだけです。
自分の頭で考える訓練を一切していないので、新しい事を考えたり、研究開発する事は絶対にできないんですね。
中国人がやっているのは丸暗記と他から盗む事と他人の真似をするだけです。
それで中国の企業は他社が作っているのと全く同じものを他社より安く作って売る、安売り競争しかできないのです。
中国の大学のカリキュラム 2013-03-17
これまで、中国の高校生の生活と大学受験について書いてきました。
続いては、大学のカリキュラムについて書きたいと思います。
単位制じゃない
まず、中国の大学は単位制ではありません。
そして専攻ごとにクラスがあり、そのクラスごとに授業の時間割が決まっています。
我々の高校までの授業カリキュラムがそのまま大学でも行われていると思ってもらえればOKです。
ただ、教科がそれぞれの専攻に合わせて専門の教科があるというだけです。
我々が大学生の時にシラバス、時間割とにらめっこして授業の時間割を決めたという姿はないわけです。
クラスがあってゼミはない
クラスには「班長」もいるし、「委員」もあります。
外国語の授業はありますが、「ゼミ」はありません。
最初赴任してきたときはビックリしましたが、つまり高校の延長線上にあるわけです。
一般教養
専門の授業はあっても、かえって「一般教養」はありません。
その分、日本語学科の学生は授業が豊富に感じますが、経済学部等では延々理論を身につけるわけです。
最近「選択科目」として何時間か行われるようになりましたが、1学期に1科目、せいぜい数時間程度です。
卒業論文
ゼミがないのに、卒業論文は書かされます。
しかし、4年間一切自身の理論の発表も他人の論文をみたり、発表を聞いたりする機会も無いわけです。
論文もまともに読まず、まさにコピーアンドペースト。
まともなものが書けるはずがありません。
指導する教師も、研究者ではありませんし。(研究にたずさわらない大学教員が多数。)
一応最後は論文の提出と、その論文に基づいた発表があるので、一度見に行きましたがまったく見れたものではありませんでした。
やる気のない日本の大学一年生のゼミでももう少しましな方です。
職業訓練学校
そもそも大学なのに日本語学科ということで、4年間みっちり日本語を身につける専攻ってどうなの、って思います。
何せ、文法、読解、リスニング、会話と1週間の時間割はみっちりと日本語の教育で満たされています。
そのぶん、卒業した頃には日本語がそこそこ話せるようになるわけですが。
しかし、これではまったく職業訓練学校でしかないように思われます。
日本の場合、英文学や中国文学の専攻ならありますが、それは英語や中国語を身につけるのではなく、あくまでも「文学」を学問として捉える専攻です。
中国語学科があっても、「中国語」を学問として捉える学科であり、あくまで学問です。
英語を身につけたり、中国語を身につけたりするのは、自分でやることで大学生になってまで学校から与えられるものではありません。
先に職業訓練学校と書きましたが、中国の大学はどんな学科でもこのような形で、あくまでも専攻の範囲内で資格を取っていくことが授業のメインです。
これは大学のレベルによらずどこでも同じです。
中国においては大学生になっても、知識は与えられるものなのです。
研究機関ではない
ある意味、日本のように勉強しない学生が増えているという状況から考えれば、このような実践に沿った授業というのは良いのかもしれませんが、それではあくまでも「学校」であり、学問の場としての「アカデミー」ではないと言えます。
また、「大学の先生が研究をしていない」という実態があります。
外国では考えられない話ですが、大学での授業があくまで「勉強」ですから、そんなものなのでしょう。
世界標準から言えば、中国の大学の卒業生は、「大学卒業生」としての資格を満たさないと言えます。
ところがこうした現実を知ってから知らずか、中国の大学の卒業の資格を認め、日本のみならず世界でも「大学」として通用しているわけです。
真面目に「学問」をしている各国の大学生としては、同列に扱うのは大きな問題だと思われます。
大学に入っても4年間、高校生と同じようなカリキュラムで過ごす。
たとえやる気があっても、「自ら考える」「自分で資料にあたる」「さまざまな資料を検討して答えを導く」といったことは、このカリキュラムからは生まれてこないでしょう。
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詳細は
タマタマ来ただけ~中国教育事情と社会をお伝えします~
中国で日本語教師をしていたタマのブログ
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2014年7月帰国しました。
中国の某地で日本語教師をしていたタマと申します。
教育という観点から見えてくる中国の生の姿をお伝えしたいと思っています。